大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)216号 判決

上告人

橋垣泰

橋垣淳子

橋垣哲子

橋垣敦子

右四名訴訟代理人弁護士

水野武夫

尾崎雅俊

飯村佳夫

田原睦夫

栗原良扶

被上告人

亡小杉捨四郎訴訟承継人

小杉源太郎

右訴訟代理人弁護士

上田信雄

主文

一  原判決中、第一審判決別紙物件目録第一の土地のうち、同判決別紙図面、、、、点を順次結ぶ直線で囲まれた土地に係る部分につき上告人らの控訴を棄却した部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

二  上告人らのその余の上告を棄却する。

三  前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一上告代理人水野武夫、同尾崎雅俊、同飯村佳夫、同田原睦夫、同栗原良扶の上告理由第一点について

原判決挙示の証拠関係に照らし肯認するに足る事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はないことに帰する。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は判決の結論に影響しない事由若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

二同第二点及び第三点について

1  原審は、上告人らの訴訟被承継人橋垣剛が昭和二九年一二月一〇日以来二〇年間にわたり平穏公然に第一審判決別紙物件目録第一の土地(以下「本件土地」という。)の占有を継続したことによりその所有権を時効取得したとして、被上告人の訴訟被承継人小杉捨四郎に対し、右時効取得を原因とする剛に対する所有権移転登記手続を求める上告人らの本訴請求につき(なお、原審は、上告人らの一〇年の取得時効に基づく所有権移転登記手続請求については、剛が占有の始め無過失とは認められないと判断している。)、(一)前記物件目録第三の土地(以下「一二番一の土地」という。)は捨四郎の所有であり、本件土地は、右一二番一の土地の一部であったが、昭和五一年三月一九日に右土地から分筆された、(二)同物件目録第二の土地(以下「一二番七の土地」という。)は、もと足立幸子所有の一二番二の土地の一部をなしていたもので、佐々木久雄が、昭和一四年ころ、同女と交換契約により、同土地から一二番一の土地に隣接する四一坪の分筆を受けて取得したものであるところ、その当時は一二番一の土地の方が一二番七の土地より若干地盤が高く、両土地の境界は石垣によって判然としており、その石垣の存した線は第一審判決別紙図面、点を結ぶ直線であった、(三) 佐々木は、その後、一二番七の土地に一二番一の地盤よりも高く盛土をしただけでなく、右・線を越えてその北側にも盛土をし、そののり面の裾が同図面、点を直線で結ぶ線にまで及んだため、右石垣の存在も不明となり、外観上は右・線より南の部分は一二番七の土地の一部であるかのように見える状態となった、(四) 剛は、昭和二九年一二月一〇日、佐々木から本件土地を含む同図面、、、、点を順次直線で囲んだ範囲の土地を一二番七の土地として買い受け、同日以降居宅の敷地としてその占有を継続した、(五) 捨四郎は、昭和四一年に剛を相手取って京都簡易裁判所に訴えを提起し、分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地の境界は前記図面、点を結ぶ直線であるとして両土地の境界確定を求めるとともに、土地所有権に基づき、本件土地のうち前記図面、、、、点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件土地部分」という。)の明渡を求めたところ、剛は、右境界は、前記・線であると主張するとともに、仮に、右境界が前記・線であるとしても、本件土地部分は、剛が一二番七の土地の一部として買い受けたものであって、占有の始め過失はなく、昭和二九年一二月一〇日から一〇年間占有を継続したから、時効によりその所有権を取得したと主張した(以下「前訴」という。)、(六) 前訴控訴審において、京都地方裁判所は、右両土地の境界を前記・線と確定し、本件土地部分明渡請求については、剛の取得時効の抗弁は理由があり、本件土地部分の所有権は剛の所有に帰したとして、右請求を棄却すべき旨の判決をし、右判決は、そのころ確定した(以下「前訴確定判決」という。)、(七) 剛は、昭和五一年四月一日に本訴を提起したが、同五七年七月四日に死亡し、相続人である上告人らが訴訟を承継した、との事実関係を確定した。

2  原審は、右の事実関係のもとにおいて、(一) 所有者を異にする相隣接地の一方の所有者甲が、境界を越えて隣接地の一部を自己の所有地として占有し、その占有部分につき時効により所有権を取得したと主張している場合において、右隣接地の所有者乙が甲に対して右時効完成前に境界確定訴訟を提起していたときは、右取得時効は中断するものと解される、(二) 本件において、剛の訴訟承継人である上告人らは、剛が土地境界線である前記・線の北側の本件土地を昭和二九年一二月一〇日以降自己所有地として占有しているとして、本件土地につき二〇年の取得時効を主張しているが、捨四郎は、右取得時効期間満了前である昭和四一年に分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地の境界確定を求める前訴を提起し、前記のとおりに境界を確定する判決を得ているのであるから、前訴の提起によって本件土地についての前記二〇年の取得時効は中断し、剛が本訴を提起した昭和五一年四月一日までには右時効は完成していない、(三)前訴確定判決は、境界確定請求と併合審理された本件土地部分の所有権に基づく明渡請求に関し剛の一〇年の取得時効の抗弁を認めて、本件土地部分の所有権を剛が取得した旨認定判断しているが、右認定判断は判決理由中のそれにすぎないから原審を拘束するものではなく、原審としては、前訴で判断された本件土地部分を含む本件土地について独自に判断した結果、右一〇年の取得時効は認められないとの結論に至ったものであり、この結論に立って前訴確定判決をみれば、その境界確定部分は、所有者の異なる相隣接地の境界を確定するという一般的な境界確定判決をした結果となっているものと評価できるから、前訴確定判決の前記認定判断は、前訴境界確定訴訟提起に前記取得時効を中断する効力を認めることの妨げにならない、(四) 前訴確定判決は、捨四郎主張のとおり境界を確定したものであるから、前訴に取得時効を中断する効力がないとして、捨四郎に対し、別途取得時効を中断する効力を有する手段を講じることを求めることは、殆ど不可能を強いるものというべきである、と判断して、前記請求を排斥し、上告人らの控訴を棄却している。

3  しかしながら、原審の右判断は、後記部分を除き、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。

一般に、所有者を異にする相隣接地の一方の所有者甲が、境界を越えて隣接地の一部を自己の所有地として占有し、その占有部分につき時効により所有権を取得したと主張している場合において、右隣接地の所有者乙が甲に対して右時効完成前に境界確定訴訟を提起していたときは、右訴えの提起により、右占有部分に関する所有権の取得時効は中断するものと解されるが(大審院昭和一四年(オ)第一四〇六号同一五年七月一〇日判決・民集一九巻一二六五頁、最高裁昭和三四年(オ)第一〇九九号同三八年一月一八日第二小法廷判決・民集一七巻一号一頁参照)、土地所有権に基づいて乙が甲に対して右占有部分の明渡を求める請求が右境界確定訴訟と併合審理されており、判決において、右占有部分についての乙の所有権が否定され、乙の甲に対する前記明渡請求が棄却されたときは、たとえ、これと同時に乙の主張するとおりに土地の境界が確定されたとしても、右占有部分については所有権に関する取得時効中断の効力は生じないものと解するのが相当である。けだし、乙の土地所有権に基づく明渡請求訴訟の提起によって生ずる当該明渡請求部分に関する取得時効中断の効力は、当該部分の関する乙の土地所有権が否定され右請求が棄却されたことによって、結果的に生じなかったものとされるのであり、右訴訟において、このように当該部分の所有権の乙への帰属に関する消極的判断が明示的にされた以上、これと併合審理された境界確定訴訟の関係においても、当該部分に関する乙の所有権の主張は否定されたものとして、結局、取得時効中断の効力は生じないものと解するのが、境界確定訴訟の特殊性に照らし相当というべきであるからである。

これを本件についてみるに、前記の確定事実によれば、上告人らは、剛が本件土地を昭和二九年一二月一〇日以降二〇年間にわたり平穏公然に占有してきたとして、取得時効による所有権取得を主張するものであるところ、捨四郎が右時効完成前の昭和四一年に提起した前訴において、前記・線を分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地との境界と確定するとともに、本件土地の一部である本件土地部分について、剛の一〇年の取得時効を肯定して捨四郎の所有権を否定し、右部分につき土地所有権に基づく明渡請求を棄却すべき旨の前訴確定判決がされたというのであるから、前記の説示に照らし、前訴境界確定訴訟の提起による取得時効中断の効力は、本件土地のうち本件土地部分を除くその余の部分については生じているものの、本件土地部分については生じていないものというべきである。請求棄却の判決がされたことにより取得時効中断の効力が発生しないとされるのは、当該判決がされたことによるものであるから、前訴における剛の一〇年の取得時効を肯定した認定判断が理由中のそれであって原審を拘束するものでなく、原審としては右取得時効を否定する判断に達したからといって、本件土地部分について前訴境界確定訴訟の提起による時効中断の効力を肯定する理由とすることはできないものというべきである。

以上によれば、これと異なり、前記のような理由で、前訴境界確定訴訟の提起によって本件土地についての剛の前記取得時効は中断しているとした原判決には、本件土地部分に関する限り、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから、論旨は、右の限度で理由があるものというべきである。そうすると、原判決は、本件土地部分に係る部分について上告人らの控訴を棄却した部分につき破棄を免れないが、本件土地のうち本件土地部分を除くその余の部分についての原審の判断は、結局正当として是認できるものというべきであるから、この部分に関する論旨は理由がない。そして、右破棄部分については、上告人らの前記本訴請求の当否につき更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

三よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官貞家克己)

上告代理人水野武夫、同尾崎雅俊、同飯村佳夫、同田原睦夫、同栗原良扶の上告理由

第一点〈省略〉

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

原判決は、「所有者を異にする相隣接地の一方の所有者甲が境界を超えて隣接の一部を自己の所有地として占有し、その占有部分につき所有権を時効で取得した旨主張している場合において、隣地所有者乙が甲に対して右時効完成前に境界確定請求訴訟を提起したときは、右時効は中断されるものと解するのが相当である」としたうえ、本件においても境界確定訴訟の提起により時効が中断したものと認めた。しかしながら、右は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄せられるべきである。

一、境界確定訴訟の性質

1 境界確定訴訟の性質については、形式的形成訴訟説、即ち、右訴訟は、境界線が不明な場合に訴訟手続によって、境界線を発見し、またはこれを設定することを目的とする形成訴訟であるけれども、形成するについて裁判所が従う法規上の形成基準がない、従って実質は非訟事件であるが形式上民事訴訟として取り扱われるものであるとするのが通説である(山田・判例批評民事訴訟法一巻一一八頁、兼子・民訴体系(増訂版)四一頁、一四六頁、中田「訴訟上の請求」民訴法講座一巻一七六頁、三ヶ月・民事訴訟法五三頁、斉藤・民事訴訟法概論一二九頁、村松・境界確定の訴(増補版)六三頁、友納「境界確定の訴と取得時効」実例民事訴訟法上巻二一六頁、奥村「土地境界確定訴訟の諸問題」実務民訴講座4一七九頁、中野「境界確認訴訟」民事法学辞典上三五三頁、菊井「形式的民事訴訟」同辞典上四三六頁)。

2 元来、土地は自然の状態では一体をなしており個数の観念を容れないものであるが、土地に対する個人の所有権を認め、これを取引の容体とし、あるいは徴税の単位とする法律制度を採るためには、土地を人為的に区画して境界を定め、地番を設定するという公法上の作業が先行されなければならない。

土地の境界なるものは、そのようにして特定されたある地番の土地と、これに隣接する他の地番の土地との境界線にほかならず、これもまた行政庁が土地に個性を与えたことに付随して設定された公法上の法技術の所産であって、私人たる関係当事者の合意によっても左右できない性質のものとして客観的に存在するものである。そして、境界線が不明であったり、関係当事者間に紛争を生じた場合に、地番と地番との境界線を訴訟手続によって発見または設定するところに境界確定訴訟の本質があり(村松・前掲二一頁、坂井・法曹時報一四巻一二号一四〇頁)、土地所有権の帰属いかんとは無関係にその必要性が認められてしかるべきものである(兼子・判例民事訴訟法七六頁、友納・前掲三一七頁)。

このように、土地の境界なるものは、元来、公法上の問題であり、かつ、土地所有権の帰属や範囲とは独立した意味をもつものである(友納・前掲三二〇頁等)。従って、境界確定訴訟と係争地の所有権確認訴訟とは全く異質のものである。そして、境界確定訴訟は、土地所有権を訴訟物とするものでもないから、この訴訟により土地所有権につき既判力を生ずるものではない(村松・前訴一〇頁)。

3 これに対して、この訴訟を所有権の範囲ないし限界の確認訴訟とみる見解(確認訴訟説)もある。しかし、隣接する地番の土地の境界とそれぞれの地番の所有者の所有権の範囲とは必ずしも一致するものではなく、たとえば甲番地の所有者が隣接する乙番地の土地の一部を取得することはありうるのであるから、境界の確定と所有権の確認とは別個の問題である。従って、確認訴訟説は妥当ではない。

4 判例も、かつては動揺しており確認訴訟説に立つものもみられた。しかし、現在では、形式的形成訴訟説に立っている。すなわち、大判大正一二年六月二日(民集二巻七号三四五頁)は形式的形成訴訟説の立場に立って、境界確定と所有権との関係を遮断する方向を打ち出し、最高裁判所も、最判昭和三一年一二月二八日(民集一〇巻一二号一六四二頁)により「かかる境界は……客観的に固有するものというべく、当事者の合意によって変更処分し得ないものであって、境界の合意が存在したことは単に右客観的境界の判定のため一資料として意義を有するに止まり、証拠によってこれと異なる客観的境界を判定することを妨げるものではない。」と判示し、右と同様の立場に立つことを明らかにした(最判昭和四二年一二月二六日民集二一巻一〇号二六二七頁も同旨)。その後、最判昭和三七年一〇月三〇日は「土地境界確定の訴においては、判決主文において係争土地相互の境界を表示すれば足り、右土地の所有者が誰であるかを主文に表示することを要しない」(民集一六巻一〇号二一七〇頁)と判示し、形式的形成訴訟説の立場に立つことを明らかにした。また、最判昭和三八年一〇月一五日(民集一七巻九号一二二〇頁)も、右大審院判決を引用して、これを踏襲することを明らかにし、最判昭和四三年二月二二日(民集二二巻二号二七〇頁)は「境界確定の訴は、隣接する土地の境界が事実上不明なため争いがある場合に、裁判によって新たにその境界を確定することを求める訴であって、土地所有権の範囲の確認を目的とするものではない。」旨判示しており、形式的形成訴訟説の立場に立つことは判例上確立されているのである。そして、この立場からすれば、境界確定訴訟の判決の既判力が土地所有権に及ばないことも当然のことである。

5 以上のように、境界確定訴訟は、形式的形成訴訟であって、土地所有権確認訴訟とは異質のものであり、その判決は、土地所有権の範囲や帰属について既判力を有しないものであることは、学説、判例により確立したものとされているのである。

二、境界確定訴訟と時効中断

1 裁判上の請求に時効中断の効力が認められるのは、判決によって、訴訟物である権利関係の存否が確定されることによって、継続した事実状態が法的に否定されることになるからであり(兼子・前掲一七八頁、山田・前掲三三八頁、岡本・前掲七九頁)、従って、時効中断の効力を生ずるためには、当該請求が訴訟物になっていることを要する(請求権確定説)と解すべきである(兼子・前掲一七九頁、川島・民法総則四七三頁、四七六頁、川島=岡本・注釈民法(5)六六頁、菊井=村松・民事訴訟法Ⅱ一二三頁等。遠藤「裁判上の請求と時効の中断」於保還暦記念・民法学の基礎的課題(上)七八頁も、わが民法の文理解釈としては、右のように解するのが正しいことを認めている)。これに対し、所謂権利行使説は、権利者による権利の主張等により時効の基礎たる事実状態の継続が破られることに、時効中断の効力はなく、訴の提起を起点として、請求権の存在を認める判決に到達してはじめて時効中断の効力を生ずる民法の建前と必ずしも調和しない(川島=岡本・前掲六六頁参照。四宮・民法総則新版三一八頁も、裁判上の請求が時効中断事由となるのは、それが権利の主張であるばかりでなく、その結果裁判所によって権利の存在が確定されることになるからである、とする)。

また、時効中断の効力の生ずる範囲につき、訴訟物という枠組みを外した場合、どのような権利関係についてまで中断の効力を認めるかの限界は必ずしも明らかではないとの批判(平井「裁判上の請求と時効の中断」ジュリスト民法の争点七七頁、石田「裁判上の請求と時効中断」法学協会雑誌九〇巻一〇号一二九〇頁)を免れ難く、時効に関する法律関係は、不明確なものとなってしまうと評せざるを得ない(石田・前掲頁)。更に、既判力の生じない権利の主張によって時効中断の効力を認めるときは、後に当該権利の存在が覆えされる可能性があり、その場合に遡って中断の効力を生じなかったことになるが、中断の効力の相対性に対する例外のあること、物上保証人がいる場合などを考えると、それらの者に不測の不利益を与えることになる(遠藤・前掲八八頁。なお、石田・前掲一三〇一頁、一三〇二頁参照)。

大審院判例をみても、主たる流れとしては伝統的に、時効中断の効力の生ずる範囲を訴訟物に限定する立場に立っているといえる(大判大正九年九月二九日民録二六輯一四三一頁等)。また、最高裁判所の判例においても、最判昭和三四年二月二〇日(民集一三巻二号二〇九頁)は、所謂一部請求の事案に関し、「裁判上の請求があったというためには、単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず、いわゆる訴訟物となったことを要するものであって、民法一四九条、同一五七条二項、民訴二三五条等の諸規定はすべてこのことを前提としているものと解すべきである。」旨判示しているし、最(大)判昭和三八年一〇月三〇日(民集一七巻九号一二五二頁)も、留置権の抗弁が提出された事案につき、「訴訟上の留置権の主張は反訴の提起ではなく、単なる抗弁に過ぎないのであり、訴訟物である目的物の引渡請求と留置権の原因である被担保債権とは全く別個な権利なのであるから、目的物の引渡を求める訴訟において、留置権の抗弁を提出し、その理由として被担保債権の存在を主張したからといって、積極的に被担保債権についての訴の提起に準ずる効力があるものということはできない」旨明言しているのである。

従って、訴訟物となっていない権利主張については、裁判上の催告としての効力を認めるかどうかは別論として(前掲最(大)判昭和三八年一〇月三〇日)、裁判上の請求に準じた強力な時効中断の効力を認めるべきではない。境界確定の訴には、少なくとも、裁判上の請求に準じる時効中断の効力は認められないと解すべきである。

2 なお、この点に関し、裁判上の請求として時効中断の効力を認めるためには、権利の存在が司法機関によって確定されることが必要であるとする見解(幾代・民法総則五六二頁)があり、これは、訴訟物の範囲を超えて時効中断の効力を認めたものと評される最判昭和四三年一一月一三日(民集二二巻一二号二三〇一頁)、同昭和四四年一一月二七日(民集二三巻一一号二二五一頁)に対する最大公約数的評価であるとみるものもある(平井・前掲七七頁)。しかし、仮に、右見解を是認したとしても、境界確定訴訟においては、所有権の存在が判決によって「確定される」ものとはいえないから、やはり、右訴の提起に時効中断の効力を認めることはできないはずである。

また、百歩譲って、訴訟物としてではなく、単なる攻撃防禦方法として主張された権利関係についても、その権利関係につき訴提起があった場合に準じた時効中断の効力を認めるとしても、それが請求を理由づける前提として主張され、その認定に基づいて請求認容判決があった場合、あるいは請求を排斥するための前提として被告により主張され、その認定に基づいて請求棄却判決があった場合に限られると解すべきであろう(中野他編民事訴訟法講義一八九頁。石田・前掲九〇頁以下、新堂・民事訴訟法第二版一六〇頁も、「訴訟物たる権利関係を判断するために主要な争点となった権利関係」とするが、右と同趣旨であろう。また、遠藤・前掲八五頁、八六頁は、前掲最判昭和四四年一二月二七日につき、ほぼ同趣旨の評価をしている)。そして、前掲各最判は、右の立場に立つものと理解することもできる。しかし、この見地からみても、境界確定の訴については、それが形式的形成訴訟であり所有権確認請求とは異質のものであることや、所有権の存在を前提としてなされるものではないことからみて、裁判上の請求に準じた時効中断の効力を認めることはできないと解すべきである。

三、原判決の引用する判例

1 原判決は、境界確定訴訟に時効中断を認めるべきであるとして、大判昭和一五年七月一〇日(民集一九巻一六号一二六五頁)及び最判昭和三八年一月一八日(民集一七巻一号一頁)を掲げている。

2 右大審院判例は、時効中断効を認める理由として、① 所有権と抵触する事実状態を保護する必要がない、② 時効中断事由たる裁判上の請求には確認の訴も含まれるから、境界確定の訴えも除外する必要はない、③境界確定の訴は、土地の所有権自体につき確定力を生じないが境界はこれにより確定されるから、占有が境界を侵すという違法状態の存在も自から明らかになる、という三点を挙げている。しかしながら、前述のように境界確定の訴は本来非訟事件たる性質をもつものであって、土地所有権の範囲の確認を目的とするものではなく所有権確認訴訟とは異質のものであり、また、所有権につき既判力が認められない以上、占有の違法性も問題とならないはずであるから右の理由づけは正当でなく、境界確定訴訟に時効中断の効力を認めることはできないというべきである(岡本・注釈民法(5)八〇頁)。右判例は、境界確定訴訟の性質につき確認訴訟説をとるべきか形成訴訟説をとるべきかについて判例上動揺のあった時期に、確認訴訟説に立ち、あるいはそれに引きづられた判例というべきであり、前述のように判例が形式的形成訴訟説に固まった現在では、右判例は判例としての意味を失い、あるいは実質的にはすでに変更されているものというべきである。

3 更に、原判決が引用する前記最判は、境界確定訴訟から所有権確認訴訟に訴えを交替的に変更した事案について、時効中断の効力を認めたものに過ぎないのであって、境界確定訴訟により時効中断の効力が生じることを真正面から認めたものではない。もっとも、右判示には、境界確定訴訟により時効中断の効力が生じることを当然の前提としているかの如き箇所がないわけではないけれども、右最判の趣旨は、係争地が原告の所有に属する旨の主張は終始変わるところがなく、単に請求の趣旨を境界確定から所有権確認に交替的に変更した事案について、前者の取下げは民法一四九条の取下げには当らないとしたものに過ぎないのであって、前記大判の趣旨をそのまま踏襲して境界確定訴訟一般につき時効中断の効力を認めたものとは解されないのである。特に、前述のように、多くの最判が形式的形成訴訟説に立つことを明らかにしていることからみても、右最判は右の限りにおいて意味を有するに過ぎず、原判決のようにこれを本件に当てはめて時効中断を認めることはできないものというべきである。

四、むすび

右に詳述したように、境界確定訴訟により時効が中断されるとする原判決は、法令の解釈を誤るものであり、原判決が引用する各判例のうち、大判はすでに実質的に変更され、最判は本件に適切な判例ではないのであるから、すみやかに破棄せられるべきである。

第三点〈省略〉

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